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「日本中枢の崩壊」を読んで思う。 [本]

古賀茂明さんの「日本中枢の崩壊」を読んでの感想です。

駅のちっちゃい本屋にさえ、平積みになって話題になり、本人の辞職もYahooニュースにも載るくらいの時の人です。反官僚でありつつ自由にメディアにでていらっしゃる。

「日本再占領」のレヴューの際に”「ヤメ官」の限界”として触れましたが、
http://zutsuki.blog.so-net.ne.jp/2011-08-13

その延長線上の感想になります。

読了してみて、ざっくり言い放ってしまうと、戦後に国士的官僚マインド称揚の様々な本がありましたが、そういった物と変わらない読後感がある。
彼を追い出した官僚のとんでもない生態を垣間見せてくれる貴重な資料でありながら、実際に辞職する段に至り、実はまだ官僚として三味線を弾いているかのような、とても妙な感じがする本なのです。この点に関しては、後にもう少し詳しく述べます。

 本全体を通じてみると、国家の危機にあたり、古賀さんは、ムッソリーニ的な政治家と、「官僚の夏、日本の夏」的国士イカス官僚マインドで、国を立て直すぞと思っているのかなと思いました。

このような時代には、ローカルの強いリーダーシップにおいて、きっと帝国主義的な方向に各国向いて行く事自体は判らないではない。
しかし、望ましい例として引かれる案件では、宮内氏、小泉氏、竹中氏等の改革を上げ、肯定しさらに進めるべきだという主張をされる。

これは、今や、国民を欺き刈取り期のアメリカの属国統治の政策を推進したと認識している一般の人が多い中、随分正直な記述だと思う。
他のヤメ官さん論説と比較しても、外交感覚がガチが意図的か判りませんが、すっぽりきれいに抜け落ちているように感じられる。
アメリカの戦略としてのTPPに乗っていくようでないと、とても守旧派官僚と既得権益を享受している国民は変わっていかない、という主張もある。

その件含め、農政、産業諸々のトピックで、五月雨式に様々なテーマで提案をしているのですが、リアクションが多く、個別の事業企画の寄せ集めみたいな感じといえばいいでしょうか。一つ一つはそう言う面もあるよなと思えますが、プライオリティやマップが無い。
あれこれ日本の諸問題を語りながら、ぐだぐだやってると変わらないから、一発ショックを入れないと変わらないという論に大抵傾く。

このblogの書き主としてはうーんと当然思う訳です。
まさにショック・ドクトリン(このblogの悲願であった邦訳が出たので、是非読んで頂きたい)で赤裸々に通史として暴かれ、すでに批判しか世界ではなくなった、ミルトン・フリードマン的経済ショック利用火事場泥棒方式を現地で担う「ボーイズ」達の主張と重なって見えてしまう。
その上でフリードマンの方程式を推進した小泉政権を称揚もしている訳です。

こうなってくると、私的には、読んでいてどんどんアンビバレントな印象になってきてしまいます。
脱官僚的な公務員改革の象徴というタレント性を得ながら、一方で、世界を何週もして遅れて来たフリードマン施策の推進者、今の官僚のある面、王道を行っているじゃないかと。

多分、古賀さんの本を読まれずに、判官びいき的に応援されている方、憂国の国士、脱官僚の象徴として応援されている方の半分くらいは、古賀氏の主張が実はそうである事を目にしたならば、かなり驚くのでは無いでしょうか。


 ここまでの内容をふまえ、冒頭の件に戻ります。

いろいろと官僚の悪行を暴きつつ、それが及ぼした日本の惨状を書いてあるこの本は、一般国民向けに出版された物だと思うのですが、発言の立ち位置、人称に違和感がある。

 後半に至るにつれハッキリして来るのですが、彼に取って国民は、「財政のバランスが全く取れていない事が判っていない愚昧な民草」に近い。そしてその連中の社会はエンジニアリングすべきで、その方法は先に書いたようなシカゴボーイズ的なショック施策である訳です。

そしてさっさと国民総背番号制を徹底して、社会保障、税金の徴収とアプライをやりやすくすべきだと。そして実質破綻するのは目に見えているのだからドンと増税ベースできっちり取る事を国民は理解しろという。こうなると、古賀氏は何の立場で誰に喋ってるのか?と混乱してしまう。

つまり、

●主権者の国民ではなく、同僚(官僚達)に向けて国民、政治家をこう扱えと書いてアジっているスタンス
もしくは、
●主権者は官僚の自分で、国民は「国」がこうなってんだからこう扱われるべき事を理解しろと啓蒙するスタンス
のどちらかが、内容的にまっすぐ理解出来ます。

少なくとも、官僚を敵に回して辞めたと聞く人材に国民が期待するような、「国民主権の代表者の政治家が、公務員を使って国家運営を行う為に公務員改革を行う」事はこの本の主訴ではない。
「改革派官僚の施策を遂行出来る様、国民を強く煽動出来る政治家(つまり視聴率をとれる番組みたいなもの)が必要だ」と言う事です。

とすると、なんのことはない。改革派、守旧派に関わらず官僚に実質エールを送っているに近い。

どうでしょう?
内容からそのまま蓋然性に従って頭を流してみたんですが、イメージと余りに乖離があるので、極端に感じるでしょうかね。

こういう、国民という家畜のいきものがかりスタンスを取る、官僚=国士的な物に、感化されるネトウヨ、お上に恃む金さんや大岡越前好きな層はB層ともかさなり、本来あまり本を読まない。
しかし、今反原発等とも重なると思われる、脱官僚、反官僚、小沢氏シンパのあるタイプの勢力、新B層というんでしたか、これを確実に手に取る訳ですね。
すると、中身は、ムッソリーニ的な政治家、国民に説得力のある政治家よ出よと。小泉サンは良かった、税制は与謝野さんでという内容なんですが、「反官僚なヤメ官で話題のあの人が言うのだから、ほんとうなのか?」という心理的な変化を与えるには、結構役立つだろうなあと想像してしまう。

 そろそろ長くなったので最後3つの事を書いて終わりにします。

まず一つ。

この本は、著者の反、脱官僚のイメージと裏腹に、官僚スタンスの言説そのもので、「官僚の”守旧派”の悪行で、国家破綻の危機にある。国民はしがみついていないで、もっと痛まないといけない。しかももっと稼がないといけない」と”改革派”が言う。

下品にいうと、どのツラ下げて、という感情が湧きます。国民が払っている金を食いつぶした事を認めたのなら、まず責任を取ってクビどころか実刑ですね。そして再発防止をして、その上での提案なら聞きます。
実質、体制内に遊び人の金さん、庶民の正義の味方を作って官僚が二派に別れ、免責と寄生構造の保持の為にマッチポンプ戦略を行っていると穿った見方も可能かと思う。

官僚のお尻をソフトにぺしぺししてくれる改革派を作って、

「昔の事にしがみつかずに(悪行も福島も忘れてね、責めないでね)」
「現実をみすえて(もっと税金頂戴)」

と国民に向かって言わせるということです。

これが、所謂「改革派官僚」の立ち位置というものだとすれば、政権交代当時、小沢氏主導の民主党政権に昔期待した、脱官僚、国民主権の日本という物とは真逆に近い。

2つ目。

官僚の最大の敵、小沢勢力に対して、証拠も無く、それこそ住宅を買う国民全員が銀行と不動産屋に指示されてやっている住宅ローン時の住民票移動の期ズレじゃないですが、そんな事で、なんと禁固刑の判決を出してしまった。裁判所は官僚組織保持の暴力装置で、日本の司法に正義等無いのは益々ハッキリした。
これは植草さんの件の様に、アムネスティレベルです。

ヤメ検郷原さんのツイート。
郷原さんは古賀サンのようにアジりでなく、評論スタンスですね。

「続き)必死になって利益誘導や切り違えまでやって調書をとろうとした検事はピエロだった、バカだったということになります。検察関係者であれば、検察をバカにするような裁判所の態度に違和感を感じるのではないかと思います。」

へえ。て感じですが、意図的でないとしても、官僚批判が高まる中で、切り離しや内部対立は今起こっている最中だなと。切り離そうとしている連中を、「守旧派」と読んでスケープゴート化が進んでいるのかなと想像します。

3つ目。

ここまで書いた事は、「そう見えてしまう」というあくまで個人の考えで、
「ちょっと古賀くん、我々官僚生き残りの為のスピンをやってくんないか」「ウム判りました。じゃ一肌脱ぎましょう」なんて(笑)ガチな訳ではない可能性の方が高いと思いますが、だからこそ見えてしまう性質がある。

”ナチュラル・ボーン・ビューロクラット”とでも言いましょうか。
といいつつ生来のもんじゃないのですが、一度染まれば戻れないような立場。国民を財源としてしか見ない。当然主権者等とは、言葉は別にして、実感として思う事は無い。国民主権の代表で送り込まれた政治家の言う事を聞くなんて、衆愚政治の奴隷かくらいの感じでしょうか。

国民を畑として収穫して保つもの、それは、即物的には「自分達官僚」で、国民からすれば、国(=主権者の国民)滅びて官僚ありだよな、と思う訳ですが、かれらはそう思ってはいない。

何か別の、国民不在の「国」風の何かがそこにある。
即物的には歳入歳出バランスで、国民は作物のように増減し、摩滅しては増えるという事でしょう。それは自分等の完全なる保全、逆に国民=財源の増減調整が前提になっているので、やはり国民からすると、上の認識と変わらない。

官僚が冷徹に、お前等俺等の家畜なの、と思わずに、何か「国」の形があるのなら、それは一体なんでしょうか?
天皇を頂点とした「国体」その物では戦後最早ないはずで、それは、受験に勤しんだ理念なき貧しい個人経験に基づく、気概だとか美しい国とか品格だとか都合のいいネトウヨ妄想国家なのだろうか?

この本の帯に「日本の裏支配者が誰か教えよう」と意味ありげに書いてありますが、帯の裏に「俺等だよ」と書いてあるかのように見えてしまう。
国民の、サステイナブルな最大幸福の為には、やはり、国民主権を実現しない限り無理で、官僚の妄想の気まぐれと、くだらない内部抗争に、運命を預ける存在でしかないのだなと、強く思いました。

おまけ。

官僚のとんでもないダメ情報が溢れるにつけ、満天下に晒されたら、きっと大変な事になるだろうなあと思う官庁がある。
直接国民の健康、医療に関わる所ですね。口封じを想像させる、異常な殺人事件、多い自殺。クワバラ(茂一
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三井貴也

飽いて途中でやめたのですが、同様の感想を持ちました。ようするに小泉純—竹中平蔵—高橋洋一—長谷川幸洋(東京新聞)—古賀茂明・・・みんなの党、と続く構造改革派、市場原理主義同調者の流れの中にある人かと。まあ、せいぜい顔を売って「みんなの党」から出馬するんじゃないでしょうか。
 それと、自分が高級官僚の一人のくせにどの面下げてこういうこと書くのか、まず十分自己批判してから何か言え、と思いました。
 元・財務官僚の高橋洋一の本と類似していて白けも感じました。官界におけるガス抜き的な存在なのかもしれませんね。
by 三井貴也 (2011-10-16 13:50) 

Kたろう

三井さん、コメント有り難うございます。
まさに私も同様に、半ばで一旦止めて、丁度良い時間があった際に残りを片付けました。
ご本人は意外と意図無く、自分の経験と世界の中で、おかしいと抵抗されているかもしれません。しかし、これだけ統制が効いているメディアで、普通に活動しているというのは、泳がされているのと同じですね。
逆に、思惑無きストレートな発露の結果として、あの主客、内容なのであれば、抜き難い官僚思考の癖が思い切り現れてしまった、といえると思います。
by Kたろう (2011-10-17 20:05) 

三井貴也

 「これだけ統制が効いているメディアで、普通に活動しているというのは、泳がされているのと同じですね。」
 —この、「泳がされている」というのは、私が書いた「ガス抜き」以上に鋭い洞察だと思います。なるほど、そのように認識すると、泳がせている人々の思惑が想像しやすくなるような気がします。
 ほかの書評も読ませていただきます。
by 三井貴也 (2011-10-18 01:44) 

Kたろう

自分の管理下のマスメディアという池を、泳がせているという事でしょうね。私、物書きでもなく、当然そういう方が持つべきリテラシーに欠けたお恥ずかしいものだらけで恐縮ですが、よろしければお読み下さい。
by Kたろう (2011-10-18 20:49) 

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