So-net無料ブログ作成

映像思考等について。 [日記]

続きです。

偏頭痛オーラ(ホントは片頭痛が正式なのかもしれませんが)に関して検索してみると、かなりネットに転がっていて、また旨い事表現したgif等あって驚きです。三十数年前、誰も知らなかった事が嘘の様。

同じ様に、極最近まで分からないままにしていた事が一つありました。
思考の際に言語と映像どちらをメインに使うのかという事です。その昔友人と話題にした時に、映像という人が居なかったので、その後話す事は止めてしまったのですが、今検索してみると随分情報があります。もう“まとめ”も沢山あるのね。。

前回と違って「自分が知らなかった事は、世に存在しないと同じ」という趣ですが、もとい、私は普段思考する時は、殆ど言語でなく、ほぼ絵、映像で考えていると思われ、言葉に関しては字面や他の人の発話の映像を想起する程度。

このブログは小難しい事も含めて膨大な量のテキストがありますが、こうした文章を書くにしても、思考のやり型によって相当プロセスが違うのだろうと想像します。

私の場合はキーボードやノートに書く事が言語での思考作業そのものなので、まずぼやっとキーボードを叩くか、ノートを書き始める。もちろん社会人になって長い訳ですから、目的やタイプによって、当然やり方、かける時間は変わり、用件だけの物はさっとやる。

昔は音読しないと、文章が読めない人がいましたね。
また、仕事や証文の為に文字を使うけど、自分の考え等を文章に出来ない人も沢山いた。それと同じなのだと思います。

仕事でもとにかくノートに書くかキーボードを打たないと始まらない私が、日常生活に支障が出ないかと言えば、リストラ対象の年齢まで人並みにやって来て、人口に膾炙したようなネタも幾つかあるのですから、世にご迷惑を欠けつつも、総じて大した問題は無かったといえます。

ただ、細かいのは結構ある。
全てに通じるのは、昨今アカウンタビリティと言う名でことさら厳しくなっている(笑)説明の不足。
もう一つは、映像で考えている為、行動や関係に染み付いた言葉を余り持っていません。言語に対しては客観的な立場、文字通りの意味合いで捉える傾向が強いので、その事で生じる齟齬に由来するものですね。

どのコミュニティも、それを保持するコミュニケーション言語みたいな物が、挨拶からいろいろなレベルで存在して互いをバインドしあっている。
その中で、文字通りの意味で言葉を扱う人間は、やはり少し外れて見られます。
強度が高く、狭い言語範囲であるほど、その集団の中で浮世離れしている様に見られる。

近年、夫がアスペルガーだと思われる方向けのセミナーが大盛況だそうですが、症状に詳しくはないのですが、私みたいなパターンも結構含まれているのではないか。
特に女性は共感の擦り合わせの様なコミュニケーション言語を使うので、共感せずにそのまま文字通り捉えて返してしまうでくの坊は、、詳しくは書くのは控えます(笑)が、疲れていたり、他の事で追い込まれていたりして余裕がない時、脊髄反射で返すと、そうなってしまいがちです。

社内ではアカウンタビリティの側面で、言葉や要素が欠けている様に思われてしまう事があり、今は煩いし対応量も昔と違って多いから大変です。
逆に外部の相手からは、つかみや話しが早い、アイデアもあり、気配りが出来る人だと信頼される事があります。自分も正直な所、前提とする同質性が無い方が動きやすい。

滑稽なのは、説明が欠けがちな欠点に関し、日本人的「阿吽の呼吸」に頼るなと叱る方が居たりする。違います。単に追いつかないんですといいたい物の、もっと叱られるので言いません。

一方、有利な面もある。
様々な業務領域で「企画」がありますね。全て欧米のファーム化しているような現在の組織立ての中では、日本語の意味合いの「くわだて」面が削られて、計画の立案という事に99%なっていますが、この企ての側面と言うのは、おそらく映像思考の人は得意でしょう。なにしろ先に頭の中で成立を見る訳なので。
後、纏めにくいシステムの仕様に関して、カタをつけるタイプの仕事も結構得意かもしれませんね。アーキテクトというタイプです。

そうか、このように書いて来たら、自分がよく分かった。やはり書かないと解らない(笑

 話しを戻しますと、映像思考に関して長年もやっとしていた訳なのですが、先日養老さんの「文系の壁」を駅ナカ書店で面白そうだと思って買って読んだ。すると「全てがFになる」の著者の森さんとの対談の一節にこうある。

「僕の場合は、思考の大部分は映像です。数字を扱う場合でも、座標や形で考えます。人物も名前ではなく、その姿や顔を思い浮かべるので、名前は必要ない訳です。他者に説明する方法等を考えるときだけですね、言葉で思考するのは」

禿同!ハゲしく同意!(笑

明確に映像思考だと言い切る森さんの発言に、やっぱりそういう方はいて、その上で道を切り開いてきているのだなと。

いい年齢のオッサンが中二病みたいな事を書いてきましたが、人間ホントに千差万別で、唱名仏教的な名詞の同質性の中で右往左往する事は、心の底からバカらしいと思っています。

お読みになった方が、「こんな人も居るのかと。あんた、いろいろ違うねえ」と思ってくれる事、それこそが、私に取っての、「共感」であります。

nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0